都会と同じやり方では地方は復活しない

都会の本社の論理では地方の小売は蘇ることができない。

siatle

 

とある地方スーパーの衰退

 

消費者と小売に関するツイートの触発されたので、スーパーで魚屋やってた頃の話をする。私が魚屋として働いていたのは九州某県にある地場スーパーで、当時は生鮮食料品についてはなかなかいい評価を頂いていた。大儲けはしてなかったが堅実に稼いではいたはず。割と高級路線で、支店が70くらいあった。で、正月三が日は休みだった。九州ではおせち料理に鰤が欠かせないので、年末は鰤が売れる。飛ぶように売れる。よって年末の水産物売り場は戦場だった。夜が明けないうちから日暮れまで、ひたすらあらゆる鰤商材を売り続ける。私が働いていた頃くらいから、スーパーは年中無休というのがトレンドになりはじめた。そんな矢先、うちのスーパーは売却された。業績が悪かった訳ではない。親会社の百貨店が潰れかけていて、唯一優良物件だった子会社を売り飛ばしたのだ。買収したのは、全国展開していて誰でも知ってるスーパーS社だった。ただ度し難い赤字と売り上げ不振に苦しんでいて、世界最大の小売業者W社に買収された直後という会社だった。本社が赤羽にあったので、当時我々はS社を「赤羽」と呼称していた。九州の地場スーパーの魚屋から見れば、赤羽の連中は何も分かっていない馬鹿揃いだった。その割に、プライドはやたら高く「現場は本社の指示に従ってればいい」という態度を絶対に崩そうとしなかった。それはともかく、赤羽は24時間365日常時営業とかいうことを言い出した。買われた側としては抵抗できなかったが、しかし末端の魚屋が考えてもこれは何の利も無い施策としか思えなかった。少なくとも365日店が開いていれば、年末商戦の意味は薄れる。売り上げだって下がるだろう。その分正月に売れるかといえば、恐らくそうではあるまい。むしろ正月に発生する廃棄分の方が多くなりはせんか。赤羽は「年末商戦の売り上げは従来通り、正月も新春特売掛ける」というような矛盾した事を平気で押しつけてきた。んなこと出来る訳がない。結果従業員は疲弊し、廃棄はかさみ、売り上げは落ち、利益も落ちた。お客さんも店も誰も得をしなかった。それからしばらくして私はそのスーパーを辞めて東京に出てきたが、帰省してかつて働いた店を見る度に悲しい思いをしている。かつてはお客さんから一定の評価を得ていたものを、今じゃ出来損ないの安売りスーパーとなってしまった。お客さんが何を望んでいたのか、まるで見えていなかったのだ。生鮮スーパーに常連として足を運んでくれるお客さんは、別に24時間365日営業なんて望んではいない。それよりもいい品をそれなりの価格で買えること、従業員の対応が良いことを望んでいたろう。しかし会社の偉い人たちは勝手にお客さんの要望を忖度し、大失敗した。小売が苦境に陥っているのは、お客さんの我が儘のせいとばかりは言えないだろう。お客さんの欲求を見当違いに斟酌して訳の分からない事を重ねた結果なんじゃないのか。まあ、会社側からすれば努力は無駄ではないのだ。人件費はタダなだもの。まあそこまで言わずとも、当時会社の偉い人からこんなことを聞いたことがある。「いや、お前の言うことは分かる。恐らく益率は下がるだろう。コスト考えると結果として損になるかもしれない。しかし、営業すれば取れる売り上げがそこに転がっているなら取らなければならない、と考える奴もいるんだ」 帳簿見ながら損益計算しようという発想はそこには無い。というか、そういう理詰めの考えを「そんなこと言う前になんで正月営業しない。営業機会逃しておいて言い訳するな。そんなことはやれるだけのことをやってから言え」と一蹴する世界だった。そりゃ、苦しくもなるわな。あの時期、「日本の伝統と従業員の生活の為、うちは正月営業はしません」とでも広告打った会社が一つでもあったのだろうか。どっかやればよかったのに。

 

昨年の大晦日の夕方、スーパーでの叩き売りを期待しながらて行ってみたが、何も安くなっていない。「年中無休で明日の正月元旦から営業するから安売りする必要も無いのだろう」と単純に思っていたが、スーパー側にも利益はあまりないのだろう。「一年の計は元旦にあり」ということで元旦には、極力お金を使わないようにしている。日常の便利さと引き換えに楽しみをなくしてはいるのではないか。正月気分が最近は薄らいだようだ。元旦くらいは、お客様の楽しみと、従業員の為にも休んだ方が良いのではないかと思う。

 

山形県酒田市のデパート「清水屋」は都会の親会社が撤退したあと、地方には地方のやり方があることを証明した百貨店である。このような例を参考に地方の中心商店街も復活できると思う。

 
静岡県では、静岡市と浜松市がよく比較される。静岡市は中心街の商店街が残っており、浜松市の中心街の商店街は壊滅的である。違いは何か。静岡市街地はコンパクトだが浜松市は商店街が郊外に広がり店舗が点在している。浜松市には郊外のショッピングモールが数多くあるが静岡市にはあっても徒歩圏内(だいぶ辛いが)である。最近静岡市では町の外れにあった映画館街が引っ越したことにより周辺の七間町の人通りが減りシャッターが下りた店舗が増えた。さらにコンパクトな街になろうとしているようだ。浜松市はモータリゼーションの波に乗ったが静岡市は取り残された。

良い悪いは別にしても車社会の波に押され、シャッター通り商店街は増え、郊外のショッピングモールも増えていった。車社会の光と影と言ってしまえばそれまでだが必ず生活弱者がしわ寄せを食ってしまう。

 


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